の続きです。

7 小保内 大和定公
 黒沢助右衛門の七男で、儀兵の娘 か津と結婚し婿養子に。
 明和9年に吉田社家に遊学し、文永3年(1774年)神職となりました。
 延享3年(1746年)生まれ
 文化10年(1813年)に美作に譲り、隠居しています。

8 小保内 美作定令
 大和の子。
 神代神楽の始まりの時の神職です。
 寛政7年(1795年)生まれ、文化10年(1813年)より神職。

9 小保内宮之進(孫陸)
 美作の子で、定知→定安→常陸→孫陸と名前が変わっています。
 息子の定身とともに、会輔社や稲荷文庫創設に寄与しているほか、
 和歌などにも秀で、市史にもよく登場する有名人です。
 ※10代神職となっている本もありますが、
 初代を源左衛門義信にする場合があるためのようです。

 弟の熊太郎は小保内東泉
 子のみゑは蛇沼家に嫁ぎます。
 また、子のきせは田中館家に嫁ぎます。(田中館愛橘の母)

10 小保内 文弥
 だいぶ系図は戻りますが、6代神職の儀兵の子である万治のひ孫にあたります。

11 小保内 樺之介
 蛇沼家に嫁いだみゑの子、謙吾は定身の養子となり、
 その謙吾の子。
 福岡町長も務めました。
 (務めている間、文弥氏が公的には神職だったようです)

12 小保内 健造
 国分又右衛門の次男で、樺之介の娘、道と結婚、婿養子です。
 大正4年生まれ、昭和28年に38歳の若さで亡くなります。

13 小保内 樺之介
 健作逝去により、再度神職となります。

14 小保内 真弓
 樺之介の弟。道彦が継ぐまで務めます。

15 小保内 道彦
 健造の子。 現任です。

表を追加しました。
※表は、家系図ではないので、だいぶ省略しております。

歴代宮司図(2)